4.衣川大先生の見聞会講話集「21世紀を幸せに生きる」より

平成22年7月31日 ベストグループ関東見聞会
衣川晃弘大先生御講話

 
 お早うございます。今日は、朝早くお越し頂きまして、ありがとうございます。
先輩の方々は暑い中、ベストグループの為に、日本が素晴らしい国になるためにお手伝いをしたいという善意の心で活動して頂いていますこと、ありがとうございます。

 今、体験発表にありましたように、人間にとって一番難しいのは、「自分を変える」ということだろうと思うのです。自分を善人に変えるということは、並ではありません。それが一番幸せになる近道だと分かっていても変えられないのです。
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 私も自分を善人に変える努力をしてきた一人ですが、痛い目に遭わないとなかなか分からないものなのです。痛い目に遭っても、人はなかなか変わりません。指導者がいないと変われないのです、難しいものです。皆、人間は幸せになりたいと思っているのです。皆、幸せになるために生きてきました。でも幸せになれるのに、幸せになれる前に諦めている人が多いように感じます。大半の人は、自分は善人で、人格は良いと思っているようです。

 ですから、人格を磨く努力をする人は殆どいないのです。金儲けをしたいとか、あんなことをしたいという方にはたくさん会いますけど、人格を磨いて、一度しかない人生を損得なしで、社会や人の役に立つ人間になりたいという人に会ったことは数少ないです。

 私は、一度しかない人生ですから、何か役に立ちたいと思うようになりました。人生の中で一番大事なのは何か、私は、それは道徳だと昔から分かっていたのに、人間とは弱いものなのです。この世の魅力に負けるのです。

 そして、敗れかけて立ち直るのに丸七年、潰れかけるのは早いものです。立ち直るのには時間がかかるものです。その中で本当に心身共に敗れていく人と、私の場合、立ち上がる過程の中でしばらく分かりませんでした、「何故こうなったのか?」とふと考えた時に、自分の人格の貧しさだと気付いていったわけです。

 この人格を磨かない限りは、私は社会の役に立つような人間にはなれないのだと気づきました。元々、私は個人の目標のことよりも社会の役に立ちたいと思って会社を作らせてもらい、二つ目の会社も使命感経営がない限り、企業は発展しないのだと思って会社を  創らせてもらったはずなのに。お客様に喜ばれ、社会に喜ばれる企業になって、初めて立派な企業になるのだと思っていたはずなのに、この世の魅力に負けていくのです。

 私も負けていく中で、立ち上がらせてもらう過程の中で、人間は自分を変えなければ、自分を成長させない限りは、世の中の役に立つ人間にもならないし、もう一度立ち直る ことも不可能だろうと思うようになりました。

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 その中で私もたくさんの学びをしました。悪い学びは放って置いても出来ますけど、立派な生き方をする学びを教えてくれる方は、この日本には殆どおられません。
  
 インドの本場に行くようになって学んでいきますと、人間には凄い力が秘められていることが分かるのです。

 あなたを生かしておられる方のことをご存知ですか? 偉大なる命の存在を教える方が、今、日本人におられるだろうか、おりません。生かして下さる偉大なる命のことを知らずして、よく貴方方は生きておられますね。これを言いたかったのです。

 偉大なる命のことを知らずによく生きておられます、それを「命知らず」と言うのです。お金のことは知って、生かして下さる命のことは知らないで、よく生きておられます。

 今の日本人は、目に見えないものは信じないという方が増えました。
「空気が見えますか?」と聞くのです。見えないですね。空気というのは酸素もあれば、二酸化炭素や水素や窒素もあれば、いろんなものがあるではないですか、間違いないですね。目に見えないじゃないですか。それで生きているのです。

 まして、命という偉大なる方が目に見えるような、そんな人間は滅多にいないのです。
 心を磨いて心が浄(きれ)いになったら、見えるようになるのです。命の存在を知らずして生きているということは、おかしいのではないかと思います。

 心を浄いにしていけば、皆、見えるようになるのだと書物に書いてある以上、心を浄いにして見てみたいと思うようになったのです。努力しました、今もしています。今日も朝三時半から起きて努力させてもらっています。三時半から起きているように見えますか?努力しなければ、心を磨かなければ、美しいものは見えません。

 お金が幾らあっても、生きることが出来ない人は出来ないのです。私は、お金よりも尊い偉大なる命について知る努力をし出したのです。お金は、コツコツコツコツ働いて貯めさせて貰ったので、働くことの尊さも知っています。だから、コツコツやっているから力が身につくのです。

 苦労が人格になっていくのです。その苦労を良いものに変えていきたかったのです、同時に悪い心も育ったものですから。一度しかない人生を何か善いことに使って終えたいと思うようになったのです。なぜ私があの建物を建てたのかといいますと、土地を買って建物を立てれば、逃げられません。そこに骨を埋める気持ちでベストを作らせてもらったのです。私も財をかけてベストを作らせて頂きましたが、給料はもらっていません。これを生き金と言うのです。そして皆さんの御陰で立派な建物を建てて下さっています。

 ですから、皆様も何か良いことするには、やはりそれだけの気持ちが必要だろうと思うのです。辛いことがあったら逃げるのではなくて、辛いことがあったからこそ、それを乗り越えることが大事だろうと私は思います。

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 山を登るのはきついです。人生という山は、誰も経験したことがない未知の山なのです。人生をそうやって生きてこられたのです。経験のない山を登って来られたのです。その過程の中で、怪我をしたり、病気をしたり、蹴躓(けつまず)いたり、いろんな経験をしたのです。

 ところが、それで諦めてしまう人と、私のように時たま変人がおりまして、そのきつい時こそ、山を登った所に必ず良いことがあると私は思っている一人なのです。登った時に、幸せが待っているのです。そしてしばらく行くとまた山があるのです。また、その山を登るのはきついのです。そしてその山を登っていくとまた素晴らしい世界が拓(ひら)けるのです。そして気がついたら、どんな艱難(かんなん)辛苦(しんく)にも負けない人間になっていくのだろうと思っているのです。


※御講話の続きは、次回掲載させて頂きます。



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